A:絶海の惣領 バール
あんたが深海に行ったときに、覚えがあったら教えて欲しいんだが、ダゴンという、海底に張り付いた魔物は見かけたかい?
サンゴ礁と軟体生物をかけ合わせたような、なんとも恐ろしい奴だ。オンドたちの古い伝承では、「バール」はダゴンから生まれ、怒りを買うと海が荒れ、敬えば海は凪ぎ、平和が訪れるという。潮溜まりの海底人たちも、滅多なことじゃ近寄らないらしいな。言い伝えじゃあ、「潮の時」と呼ばれる予言が満ちるときに、深海の生き物すべてが眷属と化し、奴の意思ひとつで動くとか。つまりは、今のうちが狙い時ってことだな。
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
オンドの潮溜まりに住んでいるオンド達は元々南方の海に住んでいて、光の氾濫により住処を失い、彷徨った末にテンペストに辿り着き、棲み付いたと話したと思うが、だからと言って元々このテンペストにはオンドはいなかったかと言えばそんなことはなく、テンペストを住処としていた先住のオンドも存在した。南方からの移住オンドとの折り合いが悪く、押され、数を減らしているが今もまだオンドの潮溜まりとは別の場所で静かに暮らしている。
その先住のオンド達に古くから伝わる「潮の時」という予言がある。オンド達に伝わる話なので文献がなく、いわゆる伝承、口伝で伝わったのだが、それほど知能が高くないオンドが現代まできちっと伝えている事を考えれば少なくても彼らにとっては真実味のある話なのかもしれない。
その「潮の時」という予言はいくつかの話に別れていて、地の災厄や川の災厄などそれぞれに違った厄災を予言している。それぞれの厄災が引き金となって大きな一つの「潮の時」という大厄災を引き起こすのだという構成で語られている。その言い伝え一つに「バール」と呼ばれる「潮の王」という海の厄災が語られた話がある。
まだこの世界に生き物が生まれたばかりの太古の昔、海には海に住む生き物の祖となる一種類の生物しかいなかった。
その種の中に陸を目指す者、遠くの海を目指す者、今いる海域を徹底的に知り尽くそうとする者、ジッとしてただ生を全うしようとする者など様々な者が現れ、その行動によってそれぞれ別の進化の道を辿ったという。陸を目指す者は陸でも海でも生きられる蟹などの甲殻類に進化し、遠くの海を目指す者は遠くまで速く泳げるイルカや鮫などに、今いる海域を知り尽くそうとしたものは近海にすむ小さな魚類になって長い時間をかけて進化していった。そしてジッとしてただ生を全うしようとする者は暗い海底で最小限の行動しかとらなかったので殆ど進化する事がなかった。それがイソギンチャクや珊瑚などで、その中でも最も進化したのがタゴンという魔物だと予言書では語られている。タゴンは海底を移動するイソギンチャクに長い触手を2本付けたような生物なのだが、深い海底の岩に張り付いていたため他の道を選んだものがどのような進化を遂げたかなど知ることなく生きてきた。むしろ、周りのイソギンチャクや珊瑚になった仲間を見て自分たちが一番進化した、もっとも優れた生物なのではないかとすら思っていたという。だが、次第に気候や海底の地盤が変動し、他の生物と接触する機会が増えるに従い、はやい速度で泳いだり、体が大きく成ったり、陸にまで進出できるよう進化したものがいると知り、タゴン達はジッと過ごした途方もなく長い時間を激しく後悔するようになると、同時に激しく妬みの感情をもったという。だが、過ちを認めたくないタゴンは妬みや後悔などの内心は隠しながら、長い年月を生きみんなが必要に応じ姿を変える中、自分たちが「祖」のままの姿でいるのはすべてが優遇され満たされてきた証であり、特別な事であるとし、これぞ海の王の証であるとした。だがそんなことは誰も認めず、嘲笑を受ける事となる。嘲笑を受け、辱められ、そのことで激しい妬みを抱いたタゴンからバールは生まれる事となった。
バールは巨大な体と強い魔力を持ち他の生物を圧倒した。
バールが怒り狂うと海も荒れ狂い、大渦潮を巻き起こし、海を沸騰させタゴンや自分を嘲笑した者を悉く虐殺した。恐れおののいた海の者達はバールに忠誠を誓い、敬った。するとたちどころに海は凪ぎ、平和が訪れた。こうしてバールは「潮の王」という名の他に「妬み王」とよばれるようになったというのがざっくりした言い伝えの内容だ。そして予言では、その時期や発動の条件には触れられていないが、「潮の時」が満ちるとき、「潮の王」が現れすべての海の生き物を眷属とし、大津波や大渦という海の厄災を引き起こすとされている。
「でも、まぁ、まだその潮の時じゃないのよ」
海底の岩陰で声を落としてあたしは相方に言った。この岩陰の向こうにバールがいる。
「今のうちに倒しておかないと、行く先、いつ潮の時が来るか冷や冷やしなきゃなんない」
あたしはもう一度岩陰からバールを見た。
「オンドの予言なんて信じてない癖に」
相方はニヤッとしながら言った。あたしも笑みを返して岩陰から飛び出した。